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第12巻第1号(2020)

心身科学の今日と明日について(2)

千野 直仁

この論文は、2019年3 月20日に愛知学院大学心身科学研究所のワークショップで筆者が行った基調
講演の修正版の第2 報である。第1 報で指摘したように、対象相互の相互作用は腸脳軸、心身相関な
どの研究の新たな地平線におけるキーワードになるものと思われる。それ故に、科学のいろいろな分
野における対象間の相互作用を、主として数学的な視点から簡潔にレビューする。第2 節では、素粒
子物理学における4 つの基本的な相互作用、すなわち重力、電磁気、強い相互作用、弱い相互作用
について紹介する。第3 節では、オートインデューサーにより仲介される生物学におけるクオーラム
センシングの機構について述べる。多くのバクテリアの種はこれを用いており、それらの環境中の自
らの近くにいるバクテリアの数を検出し、局所的な集団の密度にしたがって環境に応答する。第4 節
と5 節では、人工知能の主要な道具であるパーセプトロンやリカレントニューラルネットワークにつ
いて述べる。第6 節では、多くの有向非循回グラフを分析するための方法であるベイジアンネットワ
ークについて述べる。例えばニューラルネットワークや社会的もしくは生物学的ネットワークについ
て観測される力動的な側面の多様性を考慮すると、有向非循回グラフの制約はベイジアンネットワー
クの重大な弱点であると思われる。第7 節では、動物の種間の相互作用の分析のための群集生態学的
モデル、とりわけロトカ・ボルテラ方程式と蔵本モデルについて一瞥する。第8 節では、天体力学に
関する多体問題にふれる。コルモゴロフ・アーノルド・モーサー定理は3 体問題には適用できるが、
一般のn 体問題には適用不可能である。第9 節では、筆者により最近提案された複素差分方程式モデ
ルについて述べる。このモデルは、一般的な数学的モデルで、日常生活の中や、ニューラルネットワ
ーク、生物学的反応などで観測される多くの非対称現象などに適用可能である。討論の節では、愛知
学院大学心身科学部における腸と脳の間の多様な相互作用についての近い将来の総合的研究を提案す
る。

キーワード: ベイジアンネットワーク、腸・脳関連、多体問題、心身相関、相互作用、パーセプトロン、心身科学、クオーラムセンシング、リカレントニューラルネットワーク、ロトカ・ボル
テラ方程式、蔵本モデル、千野・白岩定理、非線形複素差分方程式モデル、カオス

視線の走査範囲の違いが認知負荷時の姿勢の安定化に及ぼす効果: Navon 刺激を用いた検討

石田光男
 
本研究では,視覚的走査範囲(注視点,Global 刺激,Local 刺激)の違いが認知課題(暗算)中の姿勢の揺れに及ぼす影響を検討した。実験参加者は視覚,運動,その他の中枢系または末梢系の機能障害のない18 人の健常成人とした。Navon 刺激としてLocal 数字(高さ視角1.7°)から構成されるGlobal 数字(高さ視角33.6°)を作成し,2 つのNavon 刺激を連続して呈示した。参加者はLocal 数字またはGlobal 数字の2 つの数字を合計し,偶数か奇数かを判断する計算課題を行った。この時,直立またはタンデム位にてフォースプレート上で姿勢を維持するよう指示された。そして重心軌跡,反応時間,課題のエラー数を条件ごとに記録した。その結果,注視点条件と比較して,Navon 刺激による計算課題遂行は,重心動揺振幅(総移動距離、包絡面積、左右方向と前後方向のRMS)の減少と中心周波数の増加をもたらした。一方Local 条件に比べ,Global 条件は反応時間の遅延とエラー数の増加が見られたが,重心動揺振幅に違いはなかった。これらの知見は、視覚的走査範囲の違いとは無関係に、認知的負荷が姿勢安定化をもたらすことを示唆している。また認知課題を実行する際の姿勢の安定化は,前方へ注意が惹きつけられることによって誘導されることが示された。

キーワード: 姿勢の安定化,認知的負荷,視線の走査範囲,Navon 刺激

神経軸索障害におけるMAP3K12 (mitogen-activated protein kinase kinase kinase 12, DLK, ZPK) の役割

伊藤高行 伊藤あき

神経障害の治療を開発する上で、神経軸索への障害を神経細胞がどのように検知し、どう反応するかを決定する一連の分子機構の理解は不可欠である。軸索障害のような障害ストレス応答に寄与する細胞内分子機構の研究の中で、Mitogen-activated Protein Kinase (MAPK) 信号経路の上流で機能する、MAP 3 K12(別称 DLK(Dual Leucine Zipper kinase)、ZPK(Zipper Protein Kinase))が障害・ストレス信号の伝達において中核的な役割を担っている証拠が蓄積されつつある。本総説ではMAP 3 K12に関してこれまでの知見を概説する。MAP 3 K12 は軸索障害のみならず、神経発生過程に顕著なプログラム細胞死を含めた様々なストレスにより活性化される。軸索障害の場合、MAP 3 K12 が担う信号に対して神経細胞は神経細胞死か軸索再生かの相反する反応をとるが、総じて中枢神経では細胞死が生じ、末梢神経では軸索再生が見られる。この根底にある分子機構がある程度明らかになりつつあるが、神経細胞の系列や年齢などの様々な状況により異なる可能性がある。MAP 3 K12 を標的とした効果的な治療戦略を立てる上で、それぞれの神経細胞系列ごとに異なると考えられる反応の分子機構をさらに明らかにしていくことが必要と考えられる。

キーワード: Mitogen-activated protein kinase, MAP3K12,DLK/ZPK,軸索障害,神経細胞死,
軸索再生

日本語版Multi-Modality Aphasia Therapy (M-MAT-J) の開発

木村 航 辰巳 寛 関根和生 北川敬太 Miranda. L. Rose

失語症は,大脳の言語ネットワークの器質的損傷によって引き起こされる言語機能の後天的な障害である.現在,失語症に対する様々な治療アプローチが開発・研究されている.これらのうち,言語コミュニケーションの改善を目的とする,“Multi - Modality Aphasia Therapy”(M-MAT)は,治療プロトコル内で,多種多様な実用的コミュニケーション機能を利用する治療法である. 本稿では,M-MAT の開発背景(治療理論や治療原則),実施概要について概説し,日本語版M-MAT の開発にむけて展望を述べる.

キーワード: 失語症,治療,M-MAT,日本語版

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