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第10巻第1号 (2018)

他者領域への言及-3つのアプローチの統合をめざして-

岡本真一郎

 日本語においては,他者の領域を直接的に表現するのに制約があることが指摘されてきた.本稿では
この問題に関する3つのアプローチ(他者内心の人称制限理論,情報のなわ張り理論,聞き手の私的
領域理論)を概括する.3理論間の類似性や相違を分析した上で,これらを統合していくための視点
として何があるかを検討する.

【キーワード】他者領域、他者内心の人称制限理論、情報のなわ張り理論、聞き手の私的領域理論、語
用論

Dynamical scenarios of changes in asymmetric relationships over time(2)

Naohito Chino

This paper is the second part of the revised version of my paper presented elsewhere (Chino, 2016). In this paper we propose a recent version of a set of complex difference equation models which describes changes in asymmetric relationships among objects over time. Typical examples of these objects may be citation frequencies in scientific publications, amounts of trade among nations, connections among neurons, and so on. Supposing that such an asymmetric relational data matrix or a weighted digraph is observed in an instant of time, we first apply the Chino-Shiraiwa theorem to the matrix and embed objects in a(complex)Hilbert space. Then we shall apply our recent version of a set of general complex difference equation models to the initial configuration of objects embedded in the Hilbert space. As a result, we have various possible theoretical scenarios of the trajectories of objects in this space. In this paper, we show some of the possible scenarios of the nonlinear difference equation models in the special cases when the number of objects are two and three.

【Key words】complex difference equation, Hilbert space, Chino-Shiraiwa theorem, dynamic weighted digraph, chaos, trade imbalance, neural network

リーダーの構造づくり行動が学生アルバイトの予防焦点に与える影響 ―役割明瞭性の媒介効果の検討―

三ツ村美沙子・高木浩人

 本研究の目的はリーダーシップがフォロワーの予防焦点に与える影響を役割明瞭性が媒介するというモデルを検証することであった.89 名の学生アルバイトを対象とした調査の結果,役割明瞭性はリーダーの構造づくりがフォロワーの予防焦点に与える影響を完全媒介していた.今後の研究への含意が議論された.

【キーワード】リーダーシップ,制御焦点,構造づくり,予防焦点,役割明瞭性

ターゲットの呈示視野と利き手の違いが連続的なポインティング 課題における運動パフォーマンスに及ぼす影響-視覚運動協応のトレーニング装置を用いた検討-

石田 光男

 本研究はターゲットの呈示視野の違いが視覚運動協応に及ぼす影響を検討した.大学の運動部に所属する34 名を実験参加者とし,右利き者(n =21)または左利き者(n = 13)に分類した.実験課題は楕円型パネル(高さ898 mm ×幅1206 mm)上のボタンを連続(0.7秒間隔)して押すポインティング課題を設定した.測定は39 試行を1 ブロックとし,合計12 ブロックを実施した.そして各ブロックにおける視野毎(左視野 vs. 右視野)の正答率を算出した.その結果、右利き者の左視野の正答率は右視野よりも高く、左右の違いは後半のブロックにおいても維持されていた.一方,左利き者では視野による正答率に違いはなく,また全体の正答率は右利き者より有意に低かった.これらの結果は,視覚-運動処理における大脳半球の非対称性は,右利き者において明確に認められるが,左利き者ではそのような非対称性は生じないことを示唆している.

【キーワード】visuomotor coordination、hemispheric asymmetry、spatial attention、handedness

心拍変動増大に最適な呼吸は圧反射感度を高めるか?(第1報) -シーケンス法を用いた圧反射感度評価システムによる検討-

榊原雅人・金田宗久・石田光男

 圧受容体反射感度評価システム(血圧が漸進的に上昇または下降する3 ~ 7 拍のシーケンスを特定するために,コンピュータによって連続血圧と心電図RR 間隔記録をスキャンするシステム)を構成した.圧受容体反射感度は特定されたすべてのシーケンスの回帰係数の平均値として算出した(Parlow et al., 1995).実験では2名の健常男性において安静条件と緩徐なペース呼吸条件を実施し,心電図(CM5 誘導),呼吸(ストレンゲージを胸部に装着),連続血圧を測定した.心電図RR 間隔の標準偏差によって評価した心拍変動の大きさは安静に比べて緩徐なペース呼吸において増大した.さらに,本システムによって評価された圧受容体反射感度は安静に比較して緩徐なペース呼吸で増加した.本研究における圧受容体反射感度評価システムの有用性が考察された.

【キーワード】圧受容体反射感度,シーケンス法,心拍変動,自律神経活動,バイオフィードバック

外傷の記憶と再演―複雑性PTSD の治療

外ノ池隆史

 性的虐待という大きな外傷を受けた患者の治療には多くの困難を伴う.適切に診断した上で,患者の人生が外傷の再演の繰り返しであることを理解すること,外傷性の転移・逆転移について認識し対応することが重要である.26歳の会社員である女性患者が,「生きていくのが限界」と訴えて総合病院精神科を受診した.憔悴しきった様子で頭痛・腹痛を強く訴えた.重篤な解離性障害も合併していた.そして初対面であるにもかかわらず,中学時代に担任教師から性的虐待を受けていたことを語り始めた.その後精神療法に積極的な意欲を見せたので,精神分析的精神療法に導入した.面接が進むに従い,患者が外傷の再演を繰り返していることが明らかになった.さらに幼少時に父親から受けた性的行為についても思い出した.父親の行為は幼少時には意味不明であったが,患者の成長に伴い事後的に性的外傷的な出来事として体験されていた.父親や教師から自分を守ってくれなかった母親の養育態度もまた外傷的であったことが理解されていった.また面接の中で,患者に外傷性転移が,治療者には外傷性逆転移が生じた.治療を一度中断し他の病院に入院させたことが,治療構造の限界を明確に示すことになった.その後の治療者・患者関係は安定したものになった.治療者が患者の表面的な欲求には応じずに,受容的な態度をとり続けたことが安心感を与え,外傷の再演を防ぐことに繋がった.治療者が安定して機能するためには,スーパービジョンを受けることが重要であった.こうした複雑性外傷後ストレス障害のような概念はDSM における診断基準にはいまだ反映されていない.今後外傷性精神障害の理解が広まることを期待したい.

【キーワード】性的虐待、外傷の記憶、外傷の再演、外傷性転移、事後性、スーパービジョン

陸上競技における失敗でのネガティブ感情が動機づけに及ぼす影響: 失敗の程度およびネガティブ感情の内容に着目して

今井美希・西田 保

 本研究では,陸上競技における失敗の程度によって生起されるネガティブ感情が,その後の動機づけにどのような影響を与えているのかを検討することを目的とした.陸上競技大会に出場した第1 位から3 位までの270 名の選手(男子131 名,女子139 名,平均年齢20.34 歳, SD=3.07 歳)によって,質問紙調査が実施された.質問紙内容は主観的成功・失敗,失敗の程度(失敗・大失敗),ネガティブ感情,悔しさ,競技に対する動機づけである.競技後に生起されたネガティブ感情の因子が,動機づけにどのような影響を与えているのかを検討するため,失敗の程度別に重回帰分析が行われた.「失敗」と「大失敗」において,「悔しさ」はその後の動機づけへ有意な正の影響を示した(失敗:β=.404,p <.01;大失敗:β=.294, p <.05).また,「大失敗」の場合は,「敵意」は動機づけに正の影響を与え,「不安」は動機づけに負の影響を与えることがわずかに示唆された(敵意:β=.336, p <.10;不安:β=-.323, p <.10).したがって,陸上競技における失敗場面で生起される「悔しさ」という感情は,「失敗」「大失敗」の程度に関係なく,その後の動機づけを高めることが認められた.また,「大失敗」の場合は,「敵意」は動機づけを高め,「不安」は動機づけを低下させる可能性がみられた.

【キーワード】失敗の程度、ネガティブ感情、悔しさ、動機づけ

胸部食道癌術後における重度嚥下障害の病態とリハビリテーション

木村 航・辰巳 寛・高津 淳・牧野日和・山本正彦

 食道癌術後に惹起する摂食・嚥下機能障害に対するリハビリテーションは,呼吸器合併症のリスクが高いため,周到な治療計画に則って慎重に進める必要があり,経口摂取が可能となるまでに難渋するケースも多い.
 今回,胸部食道癌術後の重度嚥下障害1 例に対して,頭部挙上訓練を中心とした摂食嚥下訓練を実施した結果,嚥下機能が著明に改善され,粗きざみ食が3 食経口摂取可能となった.本例は頭部挙上訓練によって舌骨上筋群の筋力強化が得られたことで,食道入口部の開大量の増加をもたらし,経口摂取可能に至ったと考えられた.
 胸部食道癌術後の重度嚥下障害の患者に対しては,複雑な病態を理解した上での個別化対応,包括的アプローチ体制が必要不可欠である.今後は,超高齢社会を背景に,がん関連疾患に対するリハビリテーションの重要性が益々大きくなると予想される.言語聴覚士の教育機関においても,がんリハビリテーションを体系的に学べる教育カリキュラムの策定が急務であると考える.

【キーワード】胸部食道癌、頭部挙上訓練、がんリハビリテーション

神経発達障害における行動特性・感覚処理と認知機能の多様性に関する検討

石川仁美・牧野日和・町田祐子・早川統子・古川博雄・辰巳 寛・山本正彦

目的:早期からの障害特性に応じたハビリテーション計画を立案するため,DSM-5で新設された感覚的側面について検討した.
対象と方法:神経発達障害群及び神経発達障害群疑いと診断された2 ~ 5 歳の幼児12 名に対して,K式,PVT-R,S-S,CARS,JSI-R を実施した. 評価点をASD 群と非ASD 群で比較検討した.JSI-R では各感覚別にDunn の提唱する4つの象限別(感覚探求・感覚過敏・低登録・感覚回避)について解析した.
結果:CARS では15 項目中10 項目に,JSI-R では感覚別では視覚と味覚に有意差が見られた. 象限別での有意差はなかったが, 感覚探求で差が大きい傾向があった.
結論:診断が可能となる3 歳前後の時期から両群で視覚, 味覚, 前庭覚, 触覚に行動特性が現れた. 非ASD 群は年齢とともに特性が目立たなくなり, 賞賛の働きかけで改善する傾向があるのに対し,ASD群では特性が持続し, 日常生活に影響を及ぼす状態である. 各種の感覚処理および認知機能の多様性が示唆された.

【キーワード】ASD, CARS, JSI-R, 行動特性, 感覚処理, 認知機能, 多様性

フィブロネクチン基質におけるエンビジンタンパク質による 細胞の接着伸展の亢進

市原啓子

 エンビジンは細胞表面の1型膜貫通型糖タンパク質で、タンパク質の構造的な特徴から免疫グロブリンスーパーファミリーに属する。エンビジンは、モノカルボン酸輸送体2タンパク質(MCT 2)の協働因子と考えられているが、機能に関しては不明な点が多い。本論文では、エンビジンの生理機能を明らかにする目的で、エンビジンのcDNA にmyc タグとHis タグを連結した発現ベクターを作成し、ヒト培養細胞であるHEK293T 細胞で強制発現させた。
 エンビジン遺伝子を細胞に導入し、48時間後にウェスタンブロット解析を行なったところ、エンビジンタンパク質は抗エンビジン抗体および抗ペンタHis 抗体によって検出できた。細胞接着アッセイは、ベクターのみを導入したHEK-293T 細胞(HEK) をコントロールとし、エンビジン発現ベクター導入によりエンビジンタンパク質を発現するHEK-293T 細胞(HEK-Em) を使って行なった。フィブロネクチンをコートした基質上に細胞を2時間まき込み、接着細胞および伸展細胞の数を計測した。接着細胞数に対する伸展細胞数は、HEK-Em はHEK の2倍となった。この結果から、エンビジンは細胞接着において基質への接着だけでなく細胞の伸展につながるシグナル伝達に関与する可能性が示唆された。

【キーワード】エンビジン、細胞接着、伸展、フィブロネクチン

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